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古井戸の呪い

(3)

走る。走る。走る。
女子生徒が走る。
教室から。
廊下から。
女子トイレから。
その好奇心を満たすために。

走る。走る。走る。
男子生徒が走る。
教室から。
廊下から。
自販機前から。
この現実を直視するために。

皆が目指すはグラウンド。そこが約束の地であった。

いつもの朝の登校風景。生徒たちが行き交い、挨拶を交わし、そして自分の教室へと消えていく。
しかしこの日は違っていた。グラウンド中心には、全学年から集まった夥しい数の生徒達。
その全員が、ある一点を凝視している。
校門前。
モーゼの十戒さながらに、人並みが二つに割れる。
全ての原因、元凶が、そこにいた。

高田真二が、御美奈裕子と一緒に登校してきている。
始めの頃のベタベタとは違い、御美奈は真二の腕に軽くよりそう感じで、余裕すら漂わせている。
これには皆流石に慣れてきていた。問題はその隣である。
永沢智樹が、香坂由香里と一緒に登校してきている。
緊張の余りロボットのような歩みの智樹。その腕を、香坂が両腕でガッチリとホールドしている。
平凡極まりない野郎二人が、校内人気を二分する美少女二人を従えて登校しているのだ。
女子生徒は呆然とし、ひそひそと何か言い合っている。
男子生徒は悲痛の涙を流し、野郎二人に呪詛の言葉を投擲している。
サッカー部員は、何故か順番にゴールポストに頭を叩きつけて、酩酊の後保健室へ。
野球部員は、皆一列に並び一糸乱れぬ素振りを泣きながらリフレイン。
水泳部員は、うなだれて死期を悟ったレミングスの動きで順番にプールに入水している。
そして陸上部員に至っては、皆ショックの余り塩の柱となっていた(誇張表現)
「そろそろみんな騒がなくなったと思ってたのに、今日は前にも増して酷くない?」
御美奈が鬱陶しそうに群集を一瞥し、溜息まじりに呟く。
「今日は俺達だけじゃないからな」
そう言って真二は隣の智樹達を見やる。
「…お前等、見てるこっちが恥ずかしいんだけど」
「んな事言われても…」
しどろもどろの智樹。香坂が密着するその感触に、全身を支配されてしまっているのだ。
「あ、あのさ香坂さん。もう少し離れて歩いてくれると嬉しいんだけど、なー…」
遠慮がちな智樹の申し出に、香坂由香里は涙目になってさらに体をすり寄せる。
「ち、ちょっとあのっ…」
「…嫌」
「え?」
「やだ… やっと…やっと捕まえたんだもん。離したくないっ」
学園のアイドルが放った強烈な一撃。その甘美な衝撃に、智樹はよろめいた。
群集が、更なる音量で吼えた。

昼休み。智樹達は互いに席を並べて昼食を開始した。
女の子二人は、愛しい彼氏の為に作ってきた弁当を手渡しご満悦の様子。
「はい、あ~ん」
「あぁ~~んむ」
緒美奈が慣れた手つきで弁当を真二の口へと運ぶ。
そしてその度に真二は料理の味を褒めちぎる。
見ていてジタバタしたくなるような光景だが、当の本人たちはお構いなしだ。
一方、香坂が智樹の為に用意した弁当は巨大な手作りクラブサンド。
流石にこれでは自らかぶりつくしかない。
ないはずなのだが…
「な、永沢クン。…あ~ん」
大きなクラブサンドを鷲掴みし、智樹の口にあてがう香坂。
思いがけない香坂の強引さに、智樹はたじろいだ。
「…ちょっとこれは無理があるんじゃ…」
もっともな意見なのだが、お隣りさんに触発されている香坂は届かなかった。
「あ~ん、して欲しいな…」
うるうる顔の香坂。よほどあれがやってみたいらしい。
智樹は観念してクラブサンドにかぶりついた。
ブレッドを軽くいなす。
マスタード如きで我が軍の進撃を止められると思うな。
チーズ第一防衛線、一瞬にして突破。
五枚のレタス特殊防壁も愛の前では紙屑同然。
だが敵の総本部たるハンバーグ前を守護するのは、無敗を誇る親衛部隊だ。
智樹は真正面から組み挑む。
だが噛み切れず、あえなく敗退。
輪切りのトマトが、ぼととっ、と机に垂れ落ちた。

「……」
「……」
気まずい沈黙。
しかしめげない香坂は、次なる手を打ってきた。
クラブサンドを手ごろな大きさに千切り、一つをつまむ。そしてそれを智樹の口へと運んだ。
「はい永沢クン、あ~ん♪」
これなら…と、安心したのがいけなかった。
「あ~ん」
大きく口を開けた智樹は、
「「あっ…」」
勢い余って香坂の指ごと咥えてしまった。
いきなりの出来事にお互い硬直する。
千切ったとはいえ、口の中では結構な大きさのクラブサンド。
このままでは埒が明かないと思った智樹は、仕方なく口の中身を咀嚼し始した。
その度に、香坂の指は智樹の唇で舐られてしまう。
「や、くすぐった…ひゃんっ!」
声を殺して耐える香坂だったが、その声は次第に艶がかったものに変わって行く。
「んん…はぁっ…ふぅ…んっ…」
クラブサンド攻略に夢中になっていた智樹も、香坂の嬌声で流石に今の惨状を理解しらしく、
「うわぁっ!ご、ごめん!!」
慌てて口を離した。
だが、時既に遅し。
4人の席の周りでは、政府の重圧に耐えかねたクラスメイト達が革命を起こしていた。
「あーもー、いいかげんにしてよねぇ!! …学食にしましょ」
「終わった。俺の青春は今終わったぁぁーっ! …学食行くか」
一人、また一人と消えていくクラスメイト達。
「これで静かに飯が食えるな」
「そうね。食事中は静かにしないとね」
真二と緒美奈はマイペースだ。
一方の智樹と香坂は、お互い真っ赤で一向に箸が進んでない。
かくして教室は、バカップル二組に占拠されてしまったのだった。

 

(4)

智樹と由香里が付き合いだしてから、1ヶ月が過ぎた。
さしもの二人も慣れ始め、今ではお互い名前で呼び合う仲になっていた。

初めてのデートは喫茶店。趣味や家族のこと、昔のこと、お互い色々教えあった。
この時に智樹は、由香里が男と付き合うのが始めてであることをしっかり聞き出している。

2度目のデートは映画。以前は見向きもしなかった映画情報誌を買い込み、
智樹は由香里が好きそうな作品を必死に選んだ。
「わぁっ!丁度これ見たかったんだ!」
電話越しの由香里の言葉に、智樹は密かにガッツポーズをとったものだった。

3度目のデートは水族館。由香里はマンボウが好きらしく、いつまでも水槽から離れなかった。
しかしその日の昼食、魚のフライを注文してしまったのは明らかに智樹のミスなのだが。

そして今日は4度目のデートの日。
由香里の提案で、今日はウィンドウショッピングということになっている。
待ち合わせ場所には15分前に到着した。しかしそこには既に由香里の姿が。
デートの時、由香里は必ず智樹より先に来ている。一体何時から待っているのだろうか。
「待った?」
「ううん。そんなことないよ」
お決まりの台詞。でも今では恥ずかしげもなく言える二人。
今日の由香里は白のワンピースだ。胸元と腰に小さなリボンが着いていて、動く度ふるると揺れるのが可愛い。
智樹も少しは格好には気を使っているのだが、いざ由香里を前すると、つい気後れしてしまう。
「今日は、いっぱい買い物するからね」
「おいおい、ウィンドウショッピングって見るだけじゃなかったっけ?」
「そんなことないよ。今日買うのはお洋服。智樹クン、見立ててね」
「じゃあ、俺の服は由香里に選んでもらおうかな」
「智樹クンだったら、何を着ても似合うよ」
「由香里だって以下同文」
雲ひとつ無い晴天の日曜日。意志の疎通もバッチリな二人は、今日も幸せ一杯だった。

デートの帰り道、不意に由香里が話しかけてきた。
「最近うちの陸上部、調子いいんだ」
「何か一時期成績がガタ落ちしたって言ってなかったけ?」
「うん。理由は未だに謎なんだけどね」
智樹は苦笑した。理由なんて判り切っていたからだ。
「でね、来週大会があるんだけど、いい成績が残せそうなんだ」
「へぇ…」
「智樹クンも知ってるでしょ? 同じ2年の藤沢君。彼、うちのホープなんだー」
藤沢のことは智樹も聞きかじったことがあった。
1年D組の、藤沢圭。智樹達にとっては、1年後輩にあたる。
1学期に静岡から転校してきた男で、やはり向こうでも陸上をしていたとか。
なかなかの美男子で、女子の間では隠れファンも隠れないファンもかなりいるらしい。
「元々早いのに、普段の練習量も凄くてね。他の部員が帰っても、最低1時間は練習を続けるの」
「そ、そうなんだ」
この時、智樹は微かに不快感を感じ始めていた。
部活の話。陸上部マネージャーなら出て当たり前の話題だ。
しかし、どうも今日の由香里の口から出るのは、藤沢圭の話ばかり…な気がする。
「この前なんか、いきなり倒れるから皆であせっちゃったよ」
「……」
「大会前の大事な体なんだから、もう少し気をつ…」
「あのさっ…!」
つい強めの口調になってしまった。あからさまにビクッとする由香里。
言ってから後悔した。自分は何て心が狭いのかと。

「あ、あの… 私、何か気に障ること…言った…?」
由香里には全然悪気はないのは、この言葉を聞いても明らかだ。
「……」
しかし、俯いたまま、智樹は言葉を紡ぐことが出来ない。一言、たった一言謝れば…!
「…ごめんなさい」
はっとなって顔を上げる。そこには涙をぽろぽろと流す由香里の姿があった。
「私…鈍感だから…智樹クンが嫌なこと…知らずに言っちゃってたんだよね…」
由香里の言葉に嗚咽が混ざりだす。
「ごめんなさい…ひっく…ごめんなさい…」
急に由香里は智樹に抱きついてきた。
そして背伸びをして、智樹の唇を自らの唇で塞ぐ。
時間にしてほんの1秒。由香里はすぐに唇を離し、
「嫌いにならないでっ…私のこと、嫌いにならないで…」
智樹の胸にしがみつく。深奥から搾り出す、心からの懺悔。
「ゆか…り…」
気付けば、智樹も泣いていた。
自分の愚かさ。
泣かしてしまったことへの後悔。
自分の何気ない一言がどれだけ彼女に響くのかを知った驚き。
そして彼女の、深い愛情に対する感動。
色々な感情がない混ぜになって流れた涙。

智樹は、今度は自ら腰をかがめ、嗚咽を漏らす由香里の唇にキスをした。

初めてのすれ違いを乗り越え、智樹と由香里はさらに仲睦まじくなっていた。
付き合いだして最初の頃は色々影口を言っていた他の生徒達も、今では二人の仲を認めた(諦めた)のか、
今では当然のようにスルーしている。二人の前途は明るかった。

その日の放課後、智樹はちょっとした用事で職員室に呼ばれていた。
「やれやれまいったな。あの先生、話すと長いんだよな」
時間はもう6時をまわっていた。他の生徒は皆帰ってしまっている時間だ。
(由香里、待たせちゃったなぁ…)
そんな事を考えながら、職員室を出た時、智樹は思わぬ人物と出会った。
日に焼けた長身の体。
少し茶色がかった短髪。
真っ直ぐな瞳。

藤沢圭。
陸上部のエース。

一瞬、苦い思い出が智樹の脳裏に蘇る。
しかし、あれは誤解だ。それも自分の一方的な。
そう気持ちをねじ伏せ、智樹は藤沢とすれ違おうとした。
が…
「永沢…智樹さんですよね?」
意外なことに藤沢圭が話しかけてきた。

智樹の心臓が跳ね上がる。
「そうだけど…何か?」
平静を装い、智樹は振り返った。射るような藤沢圭の視線が智樹を貫く。
「……」
「……」
沈黙が続く。
長い。
先にしびれを切らしたのは智樹だった。
「用が無いなら帰る。彼女を…香坂由香里を待たせてるんでね」
言わなくてもよかった事かもしれない。しかし、智樹はあえてそれを口にした。
「マネージャーなら、もう帰りました」
「!?」
繰り出される藤沢圭の言の葉の刃。
智樹の背中に、一瞬で冷たい汗が迸る。
「どういう…ことだ」
「……」
「何とか言えよ!」
苛立ちを抑えきれず、藤沢圭に食って掛かる
「……」
少しの間の後、藤沢圭はやっと口を開いた。 
「俺、マネージャーに… 由香里先輩にに告白したんです」
智樹の思考が一時停止する。しかしすぐに持ち直す。
「そうか。…でも駄目だったんだろ。そんな事をわざわざ言いにきたのかよ?」
余裕をみせる智樹。
今まで培ってきた実績が、交し合った想いが、智樹の自身を後押ししていた。
しかし、藤沢圭は、変わらないその真っ直ぐな瞳で、

「条件付で…OKもらいました」

あっさりと、智樹の自身の鎧を砕いて見せた。

 

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