マラソンを愛する妻

マラソンを愛する妻 1

妻は150cm、40kgと小柄で、ちょっと強い風が吹くとよろめいたり、昔、コンビニの自動ドアを踏んでも開かなかったりしたそうです。私の勤めていたスポーツジムに初めて来たとき、20才くらいだと記憶していますが、彼女の体を見て驚きました。ハーフのパンツとチビT(へそのでるTシャツ)でしたが、まったく贅肉がなくへそも女性特有の縦筋にならず、まん丸で露出していました。腹筋も“8筋”(鍛えると、筋肉が8ブロックに分かれる)になっていました。

「○○銀行のSさんでしょ。」と声をかけると、ちょっと驚いて、少女のような笑顔で「はい」と大きな声でいいました。
「私も昔、走っていました。J大から○○自動車に行きました
」と言うと、「私も、ソコに誘われました。」と話していました。それから、週2回、夜7時から9時までトレーニングをするようになりました。彼女が来る日はなぜかそわそわしました。

私たちはそれから、急接近し、彼女の出る競技には、必ず応援に行きました。初めて彼女を抱いたのは、私のアパートでした。すこし膨らんだ胸と大きな乳首がなければ、まるで少年のような体です。濡れていましたが、彼女の入り口はあまりに狭く、かわいそうで途中でやめようかと思いました。
彼女は処女でした。

彼女は女子寮に入っていましたが、合宿や競技で全国を飛び回っていました。しかし、東京にいる時は、毎日のように私のアパートに来ました。私が留守の時も、掃除や洗濯も済ませ、食事の用意もして寮に帰る日もありました。
そして、彼女の競技の記録は次第に落ち始め、新人にも抜かれていました。私は、彼女の体の異変に気が付いていました。胸が以前より膨らんできたような気がしていました。

ある日の夜、真っ青な顔で私のアパートを訪ねてきました。
「赤ちゃんを、赤ちゃんを」と言いながら、泣き出しました
池袋の産婦人科に一人で行き、堕胎したようでした。銀行の競技部にも退部届けを出していました。どうして、私に言わなかったのか、しばらく分かりませんでした。将来有望な彼女とのセックスでは、避妊には気をつけていました。必ずコンドームを使っていました。それでも、彼女の体をキズつけしまい、競技生活を断念させたことを悔やんでいました。
1年後に私たちは結婚しました。私の収入もたいしたことはありませんが、何とかやっていけました。

ある夜のことでした。私が風呂から出て体を拭いていると、妻の携帯に電話があったようで、小さな声で“困ります”
と聞こえたような気がしました。なにか、胸騒ぎがして、妻が風呂に入っている間に最近の着信をいくつか調べました。
昨夜と同じ番号がいくつかありました。翌日、その番号に非通知でかけたのですが、予想どうりでした。

夕方、その銀行専用の練習施設に行きました。私は、監督にも面識がありましたし、尊敬もしていました。監督は私を見つけると顔面蒼白でした。なるべく冷静を装い「監督、ちょっと、時間をいただけませんか?」と言うと、「スグ、着替えてきます。」とあわてて着替えに行きました。

「どこか、喫茶店でも」と言いましたが、そこのベンチで、と言い、座りました。監督は、私が何をしに来たのか解っているようでしたが、私は妻と監督がどこまでの関係だったのか、知りませんでした。監督は「出来るだけの事は、したい」と言いました。“有名銀行の陸上部の監督”は自分の保身がまず頭に浮かんだのです。監督にはただ、これだけ教えてください、「堕胎費用を出したのは、監督ですか?」と聞くと、驚いた顔をし、「そうです」とうなだれました。自分の立場が解っているなら、もう妻には付きまとうなと言い、帰りました。

          つづく

 

マラソンを愛する妻 2

私はその夜、監督に会って来たことを妻に告げました。妻は青ざめたまま無言でした。「もう、監督は電話して来ないし、安心しな」と言うと泣き出しました。妻に、何も言わずに穏便に夫婦生活を続ける方法もあると考えていました。しかし、私には、どうしても確かめなければ気がすまない事があります。私と初めて結ばれた時は、処女だと思っていました。証拠の出血もあり、普通の痛がり方ではありませんでした。それよりも、堕胎したのは、私の子供だったのか、監督の子供だったのか・・・。

妻は私の疑念にポツリ、ポツリと話し始めました。“初めての男”はあなただった、信じて欲しい、と何度も言いました。ある日、地方の競技大会に参加したのですが、散々の成績だったそうです。
その夜、ビジネスホテルで監督の部屋呼ばれ、今日の競技の反省と
これからの練習方法、日常生活まで細かい指示があり、メモを取りながら聞いていたそうです。
監督は全ての女子選手の生理日まで把握しており、合宿や遠征で監督1人の部屋に呼ばれれば誰もが、疑わず深夜でも行ったそうです。選手には激しい競争があり、普通の女性だったら当然警戒してしかるべき感覚が麻痺していたようでした。

話が終わると、横になれと言われマッサージが始まったそうです。
監督もマネージャーも競技の後、有望選手にマッサージをするのが通例で、記録が落ちていた妻は、まだ監督に“見捨てられていない”と感じうれしかったそうです。監督から、付き合っている彼(当時の私)との肉体関係も聞かれ、正直に“ある”と伝えたそうです。そのうちに、昼間の競技の疲れ(1万メートルを走っていた)がドッと押し寄せ、眠ってしまったそうです。

下半身になにか、くすぐったい感じがするので、眼が覚めるとジャージと下着が脱がされいて、監督が下半身を舐めていたと言うのです。あわてて起きようとすると妻の体を抑え、口にタオルを当てながら「裕ちゃん、声を出さないで」言うと、監督のモノが侵入してきたそうです。当時、妻は150cm、38kg程度、まるで小学生のような体格です。抵抗しても無駄だったかもしれません。
それよりも、同僚選手が隣の部屋に寝ているので、その方が気になったそうです。

妻は涙を見せながら、語りましたが、私の下半身はなぜか、ビンビンに勃起していました。「もういい、分かった」と言いながら
小さい妻の体を抱きかかえ、ベッドに運ぶと着ているものを乱暴にはぎ取り、妻の下半身に唇を這わせていました。妻も感じているようで、「あぁー、あなた、ゆるして、ゆるして」と何度も叫んでいました。私も「愛している、裕子を愛している」と妻のカラダに激しく自分の勃起を打ち込み、爆発させていました。

その夜から、監督との関係を“白状”させながら、セックスするのが常となりました。妻も、話がリアルであればあるほど、私が興奮し喜ぶことに気がついていました。「いやらしい、もう、こんなにさせて、変態!!」とわざと、ののしることもありました。
監督は、妻を夜の練習場に、競技用のユニフォームの下に、下着も着けさせず呼び、4~5キロ走らせてから、汗だらけのカラダを舐めまわしたそうです。また、代々木公園で監督も一緒にジョギングをしたあと、林の中でフェラを強要し、“ノゾキ”に見せながら
セックスをしていたと言いました。

堕した子供は誰の子かと聞くと、「分からなかった。おそらく監督の子でしょう。だから、堕したの」と言い放ちました。
そして、「私たち、もうダメかしら」と冷静に言いました。
「ダメな訳はない、俺はお前を愛している」とすがるように言いました。「ちょっと走ってくるね」と言うので、思わず、妻に
「アレを穿いてくれないか」と、“お願い”していました。

妻はスグ理解し“ニヤリ”妖しく笑いながら寝室に行くと、胸に○○銀行と入った競技用のユニフォームに着替え、さっそうと自宅を出て、夜の水○公園に行きました。ランニングシャツの下は、大きな乳首がポツンと浮き出てノーブラでした。(もっとも、妻の胸はブラジャーするほど無く、乳首を隠すためですが)赤のランニングパンツの下は、下着を着けているかどうか、分かりませんが、これから私も行って、確かめねばなりません。急いで、妻の後を追いました。

              つづく

 

マラソンを愛する妻 3

携帯電話の着信がきっかけで、妻が浮気している事実を掴みました。相手は、妻が所属していた銀行の陸上部の監督でした。独身の時に関係が出来、彼の子供まで堕胎していたのです。妻も、妻子ある監督との関係を断ち切ろうと努力したようでしたが、監督から半ば脅迫めいた呼び出しが何度もあり、結婚後も2年間に渡って続いていたのです。私は全然気がつきませんでした。誠に馬鹿で、オメデタイことです。

妻を全て許そうと思っています。監督に会いましたが、私が脅迫に来たと思い、ビクビクしていました。誠に情けない姿を目にしました。大企業に職を得、社会的な名声もあり、名選手を育ててきた人間が、自分の保身のために、金で解決しようとしました。
そのことを妻に告げると、裏切られたように呆然としていました。
許されない事と知りつつも、一時期、監督を愛していたのかもしれません。しかし、妻が離れられなかったのは、それだけではありませんでした。

妻から聞かされた監督のセックスの変態性は異常なものでした。
特に代々木公園や日比谷公園での“覗かせ”プレーや映画館での痴漢プレー、カップル喫茶まであらゆることを仕込まれたようでし
た。しかし、妻の告白を聞けば聞くほど股間を膨らませる、私の自
虐性を妻に見抜かれていました。ついには、どこから、どこまでが本当なのか訳がわからなくなっていました。ただ言えることは、早朝や夜間に、公園をジョギングしたあと、公園のトイレや木陰でのセックスに妻が異常に燃えることは事実でした。

金曜日や土曜日の深夜、妻とジョギングするのが常となりました。
嫌がる妻を無理やり説得し“思い出”の代々木公園や日比谷公園に車で遠征する時もありました。妻も私も陸上の競技用のウェアを忘れませんでした。木陰やベンチで抱き合うカップルを覗いたり、“ノゾキ”に見せたりもしました。

代々木公園で出会ったカップルは、自分の彼女を私たちに触って欲しいと言い近寄ってきまし。オカッパ頭で少女っぽい妻を見て、中学生かと思ってビックリしたそうです。確かに妻は胸というより、胸囲75cm、腰つきは少年のようです。「妻で26才です。」と紹介すると、私たちが触るつもりが、OL風の彼女の方が妻に積極的になり、レズの展開になったことがありました。
しかし、妻のアソコからは大量の蜜が溢れ、カラダに似合わぬ巨大な乳首は敏感です。そんな妻が大好きです。最近自分の本性は、ロリ趣味ではないかと疑っています。

私は、ある決断を持って妻に相談をしました。一瞬驚いていましたが、「あなたに任せる」との言葉に早速実行に移しました。あるサイトに“妻との公園プレー募集、インサートなし、20代限定1名”を掲示版に書き込みました。たくさんのレスがあり、困惑しましたが、丁寧なメールの男性3名と、直接携帯で話をし、妻の体の特徴も伝え、3人のうち妻とプレーするのはひとりで、後は覗きになることを伝えました。そして、ジョギングの用意をしてくることも伝えました。

土曜日の夜10時に常磐線のK町駅に集合してもらいました。
若い男性のひとりは現役の大学生で、学校名入りのジャージをしっかり着て待っていました。3人に私の車に乗ってもらい、妻の待機する○元公園に向かいました。想像以上に3人は性格の良い男性でした。車の中で、“ルール”を説明しました。挿入以外は全てOK
ただし、妻がOKしたら挿入可、と言ったら全員「ウォー」と声を上げました。

公園に着くと、妻に指定の場所に来るように電話しました。トップバッターの大学生をベンチに座らせ、私を含めた3人は、ベンチの裏の茂みに隠れていました。ここは、昼間の内から確認してある最高の場所です。家から持参した毛布も隠してあります。蚊取り線香火を付けようとすると、1人に男性が先輩「脱帽です」と笑いました。まもなく、妻がベンチの前をワザと早く駆け抜け、Uターンしながら、明るい声で「こんばんわー」と言い、大学生のいるベンチにチョコンと座りました。大学生もあまりの少女っぽさに驚いていました。もちろん、妻は私が後ろで覗くことは知っていますが、あと男性が二人いるとは知りません。

妻は陸上競技用のユニフォームを着ています。シャツの下はノーブラでランニングパンツの下はショーツを穿いていません。
妻は大学生を気に入ったのか積極的でした。自分からキスを求め
シャツをめくって乳首を舐めさせていました。妻はビニールの袋から、濡れたオシボリを取り出すと、ていねいに拭き、男性のペニスをパクリと咥えました。妻の用意のいいことにも関心しました。
まもなく妻は、男性の持っていたコンドームを口に咥え、亀頭にかぶせたとおもったら、スルスルと装着しました。座った男性にお尻を向け、ペニスを掴むと静かに腰を降ろしていきました。

二人の男性は、「スゴイ、スゴイ」を連発し、オナニーを始めましたが制止させ、コンドームを装着し待機しているように言いました。私は、ベンチに近づき、妻の乳首を舐め、キスをし、耳元で後ろに男性があと二人いることを告げました。ちょっと驚いたようですが、それから猛然と腰を振り始め、男性はアッという間にイッタようでした。その後の男性二人も5分と持ちませんでした。
なにか、妻は物足りないようでした。

それから、私たちは木陰や身障者のトイレで妻を攻め続けました。
いや、攻めさせられました。
3本のペニスの前に膝まずき、フェラもしていました。毛布を敷いた男性の上になり挿入した妻は、私に「あなた、いいわよ」と言い
ました。妻のポーチから、乳液を取り出し、妻のアナルにスリコミ、自分のペニスにもタップリ塗るとゆっくり、ゆっくり沈めて行きました。
見ている男達も、ただ呆然としていました。妻の下になっている男に「まだ、いっちゃーダメヨ、もう少しがまんしてね」とやさしく言うのでした。実は私のほうがキツクテだめで、下になっている男性のチンポが妻の膣と、アナルの壁1枚隔ててコスレ合い、イキそうでした。「あなた、だめよ、だめよ、もう少し、もう少し」と叫ぶのでした。男性3人は妻の強欲さに驚いていました。まして、中学生のような顔で、カラダであの行為ですから・・・。

公園の空がだいぶ明るくなってきたので、私の車の中に移動しました。K町の上りの始発まで、まだ1時間以上あるので、少し仮眠を取ることになりましたが、後ろの座席では、また妻が男性のチンポを舐め始めていました。

 

マラソンを愛する妻 4

ある日の午後、私は再び銀行のグランドに足を運んでいた。監督がスグ私のところに飛んできた。監督は、妻の恩師である。妻にいやらしいことを、たくさん教えた先生でもある。私と結婚してからも、妻を呼び出し、苦しめ続けた。先週、少し脅した。自分の立場を理解しているなら、妻には、もう電話をするなと、10才も年上の監督を叱った。

ベンチに座ると監督は、現在の選手の状況や銀行の運動部の厳しさなどを語った。私はそんなものに何の興味も無い。
突然監督が、練習している選手を呼んだ。妻と同僚の京子さんだった。「ご無沙汰しております。裕子(妻)さん、はお元気ですか」と挨拶をしてくれた。私たちの結婚式にも出てくれた。
「京子さんは相変わらず、がんばりますね」と言うと「もう、おばさんなんで、引退でーす」と。「27才でおばさんなら、高橋尚子さんは、どうなるの?」と聞くと「あの方は、オバケさんです。」と言って走って行った。

監督に「京子さんとも、ヤッタの?」と聞くと「まいったなあー、もう勘弁してくださいよ」と頭をかいた。
人の妻とヤッテおいて、勘弁しろは、ないもんだ。
私は訪問の訳を話した。妻は以前、オリンピックを目指し頑張っていた。現在も毎日10キロを走っている。競技のことが、頭から離れない、などと話をした。合併で無くなった○○銀行のユニフォームなど、もう身に付けたくないらしい、と。

「監督、妻に新しいユニフォームが欲しいんですよ。私をユニフォームフェチにしたのは、監督ですよ。」と言ってやった。
結婚前も、結婚後も、妻に競技用のユニフォームを着せて走らせ、
汗だらけのカラダやユニフォームを舐めまわしたのは誰だ。
(私がもう見たくないのだ。監督が舐めまわしたヤツなど、もういい!!、お古は妻で十分だ)

「妻に“全日本”のユニフォームをプレゼントしていただけませんか。出来れば、セパレートのヤツも含めて2着。」
監督は驚いて顔を上げた。陸上に詳しい方なら、ご存知かと思うが、シドニーオリンピックのマラソンで、高橋尚子選手や市橋有里選手、山口衛里選手が着ていたあのユニフォームである。
通気性に富み、生地も最高の品質だった。

ランニングシャツは白のメッシュで、右から左へナナメに赤のラインが入り、うれしいのは、へそ丈のサイズだった。走るとチラチラへそが見えるのだ。パンツは真っ赤でサイドに白のラインが2本入っていた。セパレートタイプは陸上選手で4人だった。
1万メートルの弘山選手、100m障害の金沢イボンヌ選手、走り高の太田陽子選手と今井美希選手だけだった。(それにしても、お父さんが黒人の、金沢選手のカラダとユニフォームは忘れられません。)
この、ユニフォームは水着と同じで、もちろんへそ出しです。
カラダの線がモロに出るので、カラダに自信の無い選手は絶対着れないものでした。このユニフォームのオフィシャルスポンサーは
○シックスでした。

監督は頭を抱えていた。「現在の会社のモノなら腐るほどあるけど」と言ったので、「○○○銀行ね、それは、うちにも無いから2~3着入れておいてよ。あっ、それから、妻のサイズは良く知っているよね。」と最後の言葉を残すとグランドを後にした。

あれから2ヶ月も経っていたので、ユニフォームのことなどすっかり忘れていた。入手出来なければ仕方が無いと思っていた。それほど難題を吹っかけたのだ。監督にすれば100万円の金でも出したほうがスッキリしただろう。夜遅く帰ると、私宛に小さなダンボール箱が送られてきた。発送元は○○○銀行陸上部だった。

「あなた、何をしたの!」と妻が血相を変えて叫んだ。
「開けてみよう、開けてみれば、分かる」と穏やかに言った。
中には、約束の“全日本”が入っていた。メッシュのランニング、
赤いパンツ、そして、あこがれのセパレートの上下。どうでもよかったが、○○○銀行のユニフォームが3着も入っていた。
はしゃぐ私を尻目に妻は呆然としていた。

「オレはお前のために、お前のために」とつぶやくと、「ばかね、ばかね、あなたって」と言いながら“全日本”のユニフォームを手に取ると泣き出した。そして、恐る恐る「ジョギング、行く?」と言うと「いこっか!」と“全日本”を持って脱衣所に行った。
まもなく、私に“全日本”をゆっくり見せもしないまま、マンションを飛び出し、○元公園に走って行った。

後を追いかけた、スゴイ、ペースだ。1キロ、3分を切る、スゴイ、ペースだ。“全日本”の後ろ姿がだんだん小さくなって行った。いい妻だ、なんていい妻だ、私の妻は“全日本一”の妻だ。
涙が溢れてとまらなかった。

         最愛の妻に捧げます

  君駈ける 風を誘うか道野辺に 色もゆかしき 矢車の花

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